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公認非公式サイト

本サイト開設のきっかけ

本サイト『ヤマニン倶楽部』開設のきっかけは、主に2つあります。

1つは、管理人なおやが、ヤマニンゼファーが好きだったことです。残念ながら、リアルタイムで、というわけではなく、学生時代の競馬ゲームを通じて競馬に嵌まったのがきっかけです。今思えば、当時隣に住んでいた私の友人が、ヤマニン関連牧場の場長さんの親戚であったことがとても大きかったかも知れません。ヤマニンゼファーの勝利した天皇賞に興味を抱いたのは、友人から出走を聞かされていたからです。だからこそ気になり、ヤマニンゼファーの抜かせない勝負根性に魅せられていくきっかけになったのだと思います。

そしてもう1つは、1998年に仕事で北海道に出張したことです。IT技術者育成に携わっていた私は、いい機会だからと日高へ脚を伸ばし、競走馬のふるさと案内所を介して牧場見学しました。その時、ヤマニングローバルに会うため訪れた新ひだか(旧・静内)町・ヤマニンベン牧場を訪れた時のことです。長らくお付き合いさせて頂くことになる同牧場の社長である故・土井瑛児氏と親しくお話しする機会を得ました。その時、「ヤマニンを応援するホームページを作っても良いですか?」と尋ね、快諾して下さったことが、直接的な始まりとなりました。

ヤマニングローバル
故 土井瑛児社長とヤマニングローバル

関係者の皆さまのサポート

ヤマニン倶楽部とは?』でもルール化しておりますが、私自身も関係者の皆さまのご迷惑になることだけは避けようと考えておりました。本サイト開設以降も競走馬のふるさと案内所経由で見学させて頂き、「ヤマニン倶楽部の なおや です」と名乗るのは見学の最後だけ、という今にして思えば恥ずかしい気の遣い方をしておりました。でも、応援したくて応援しているので、私とインターネットで知り合ったヤマニン倶楽部のメンバーにとっては、それで十分でした。

ヤマニンの関係者の皆さまも、そんな私たちを温かく見守って頂き、たまに間違えた記述を見つけると、匿名でご指摘下さったりしていたそうです。しかしある年、ヤマニン倶楽部の掲示板上で私の北海道遠征の情報を知った新冠町・錦岡牧場の先代社長 故・土井睦秋氏は、ありがたくも会って話したいと思って下さり、牧場見学に訪ねてきた私やヤマニン倶楽部のメンバーを「ヤマニンファミリーの一員」として迎えて下さいました。牧場スタッフのみなさんにも歓迎頂き、以降、ヤマニン倶楽部は関係者のみなさまの協力も頂いて活動することになりました。

錦岡牧場 新和育成場 入口
錦岡牧場 新和育成場

『公認非公式サイト』として

両社長と牧場スタッフの皆さん、それにインターネットを通じて出会うことになったヤマニン倶楽部のメンバーの皆さんのサポートも頂き、『ヤマニン倶楽部』は現在の活動を行うことができるようになりました。

過去には、ティファニーラスの死亡を国内で初めて報じ(誰も知らないw)、ウイナーズサークルに招かれたり(1度は写真に入っておらず怒られたりw)、種付けや出産に立ち会わせて頂くなど、なかなかできない経験を数多くさせて頂きました。関係者の皆さんの馬に対する深い愛情と熱い情熱を日々感じると共に、趣味でこうした方々とお付き合いできることに喜びを感じつつ、自分も仕事で負けてられないと、キャリアアップにも繋がってきたように思います。

そんなとき言われたのが、「ヤマニン倶楽部は、『公認非公式サイト』だね」の一言でした。

ヤマニン倶楽部は、私や倶楽部のメンバーが、大好きなヤマニンの馬を応援するためのサイトで、活動です。好き勝手に応援してるんです(^^ゞ それを関係者の皆さんは、本当に長らく温かい目で見守って下さっています。なんだか、「君たちは好きなように応援すればいいよ。でも、それを私たちは認めてるよ」と言って下さっている言葉のようで、私にとってとても誇らしい言葉になりました。

両社長は情熱を馬たちに精一杯注ぎ込んでこの世を足早に去ってしまわれましたが、私たちは『公認非公式サイト』として、引き続きヤマニン軍団と関係者の皆さんをサポートしていきたいと思います。

そしてこれを読んでくださった皆さんとともに、再びビッグタイトル戴冠をサポートしていきたいと思います!

2018年7月 なおや

錦岡牧場・馬魂碑
錦岡牧場・馬魂碑