2026年2月13日 クイーンS(G3)・中山牝馬S(G3)優勝などJRA7勝と活躍したヤマニンメルベイユ亡くなる――
ヤマニンメルベイユの血統的背景
2月16日、現役時代に重賞2勝をはじめ長らく重賞戦線で活躍したヤマニンメルベイユが 2026年2月13日 新冠・錦岡牧場で亡くなったと、公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル(JAIRS)が発表しました。24歳でした。
ヤマニンメルベイユは2002年2月18日生まれの24歳、父メジロマックイーン、母ヤマニンアリーナ、母父サンデーサイレンスの牝馬。
ケンタッキーオークスなど10戦8勝、1986年エクリプス賞3歳牝馬チャンピオンに選出された米国産の名牝ティファニーラスは、ヤマニンメルベイユの母母にあたります。1990年に繁殖牝馬セールで錦岡牧場に購買されたティファニーラスは、直仔は思ったような活躍馬を送り出すことはできなかったものの、孫の世代で活躍馬を輩出することになりました。輸入時にお腹に宿していたヤマニンジュエリーの父は英国三冠馬ニジンスキーであり、産駒には阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)優勝馬ヤマニンシュクルを送り出します。また、サンデーサイレンスとの間に生まれた母ヤマニンアリーナは、ヤマニンメルベイユだけでなく、重賞3勝と活躍した半弟ヤマニンキングリーを輩出。先週土曜、東京の未勝利戦で2着と快走したヤマニンアレシスは、ヤマニンメルベイユの姪にあたるように、今も活躍馬を送り出すことが期待されています。
ヤマニンメルベイユの血統
| メジロマックイーン | メジロティターン | メジロアサマ |
| シエリル | ||
| メジロオーロラ | リマンド | |
| メジロアイリス | ||
| ヤマニンアリーナ | サンデーサイレンス | Halo |
| Wising Well | ||
| ティファニーラス | Bold Forbes | |
| Sally Stark |
ヤマニンメルベイユの競走馬時代
ヤマニンメルベイユは、2005年5月の新潟・3歳未勝利で、美浦・栗田博憲厩舎よりデビューしました。当時多くのヤマニン関東馬に騎乗していた柴山雄一騎手の手綱で4着デビューを飾ります。後方からの競馬だったものの、あがり33.8秒の末脚は素質の片鱗を見せてくれました。休養後の同年9月の札幌・3歳未勝利で1番人気になるとハナ差で初勝利。やっと間にあったとばかり、中1週でローズS(G2)に挑戦すると、10番人気と低評価ながら先行して4着と初重賞ながら好走してみせました。疲労から休養をはさみ年末の尾頭橋特別で復帰戦を迎えるも、2番人気も入れ込みがキツく10着に敗れました。しかし明けて2005年1月に2走連続2着、2月に中山で3着すると、3月の中山・4歳以上500万下、4月の中山・野島崎特別(1000万下)を先行して2連勝、5月の東京・府中S(1600万下)4着後、7月の福島・三春駒特別(1000万下)、8月の新潟・天の川S(1600万下)を快勝しオープン入りを果たします。続いて8月の新潟記念(G3)9着、10月の府中牝馬S(G3)14着と重賞に挑戦すると、11月には初めてのGI・エリザベス女王杯にエントリーするも、当日に左寛跛行を発症して出走取消。この年11走と、ある意味ヤマニン軍団らしい活躍を見せてくれました(この年のエリザベス女王杯はヤマニンシュクルが走行妨害を受け、これがもとに引退に追い込まれるという悲しい出来事もありました)。

明け5歳となった2007年は、3月の中山牝馬S(G3)で始動し、クビ・ハナ差の3着。続く4月 福島牝馬S(G3)でも3着、8月 クイーンS(G3)8着、10月 府中牝馬S(G3)16着と、ここまで勝浦騎手とのコンビ。11月 福島記念(G3)では川島騎手とのコンビで3着、ふたたび勝浦騎手とのコンビで挑んだ12月 中山・ターコイズS(OP)9着と、素質は示しながら勝利することができない年となってしまいました。

2008年、明け6歳を迎えたヤマニンメルベイユは、主戦・柴山雄一騎手とのコンビを再結成。2月 東京・白富士S(OP)3着で始動すると、3月 中山牝馬ステークス(G3)で初重賞制覇を飾ります。

4月 福島牝馬S(G3)4着後、初めてのGI出走となるヴィクトリアマイルでは13番人気ながらエイジアンウインズの4着に好走します(ジョリーダンスは7着)。そして休養を挟んだ8月 札幌・クイーンS(G3)で自身2勝目となる重賞制覇を飾ります。秋の飛躍を期した10月 府中牝馬S(G3)14着で、この年は休養となりました。

2009年、明け7歳となりふたたび3月 中山牝馬S(G3)16着で復帰すると年齢が話題に上がるようになっていましたが、4月 福島牝馬S(G3)で3着と好走してみせました。5月のヴィクトリアマイルで2度目のGI出走を果たしましたが15着。以後、年末まで5走し、現役生活に別れを告げることになりました。

ヤマニンメルベイユの競走成績は、34戦7勝(7-2-6-19)。獲得賞金 2億2409万円。重賞2勝と大きな成績をおさめてくれました。
ヤマニンメルベイユの引退後
ヤマニンメルベイユは引退後、新冠・錦岡牧場で繁殖入り。ヤマニンアリーナの後継繁殖として期待されていました。
繁殖牝馬としては10頭の産駒を輩出し、JRAで3頭の勝ち馬を送り出しました。
生年 馬名 性 勝利数 父馬名
2011 ヤマニンマルキーザ 牡 3勝 アドマイヤムーン
2013 ヤマニンリュウセイ 牡 3勝 ステイゴールド
2014 ヤマニンルサリー 牝 1勝 タートルボウル
2015 ヤマニンマスクマン 牡 ノヴェリスト
2016 ヤマニンスマイリー 牝 ジャスタウェイ
2018 ヤマニンラトナ 牝 キングカメハメハ
2019 ヤマニンフェリクス 牡 ノヴェリスト
2020 ヤマニンミラグロス 牡 エイシンフラッシュ
2021 ヤマニンプラビーダ 牡 リオンディーズ
2023 ヤマニンジェンナ 牝 ストロングリターン
思い出されるのは、ヤマニンリュウセイのことです。当時、GI馬としてドリームジャーニー、オルフェーヴル、ゴールドシップらを輩出していた種牡馬ステイゴールドは、肌馬がメジロマックイーン産駒という共通点があることで『黄金血統』という言葉が使われていたように思います。当時、錦岡牧場の先代社長・土井睦秋さんが「錦岡には重賞勝ち馬がいる」とお話しされていたのがヤマニンメルベイユ。ただ、サンデーサイレンスの血が色濃く、配合するとサンデーサイレンスの2×3となるため、かなりの冒険になります。それでも配合して産まれたのがヤマニンリュウセイです。後日、「あんな怖いことはもう2度としない」と語られていたことが思い出されます。


ヤマニンマルキーザやヤマニンリュウセイといった活躍馬を輩出してくれましたが、ヤマニン軍団にとって厳しい時代を迎え、なかなか活躍馬を送り出すことが難しい時期でした。また牝馬がなかなか産まれなかったのも気がかりでしたが、現在はヤマニンラトナが繁殖入りしており、後継繁殖を確保した状態です。今年3歳となったヤマニンジェンナ出産を最後に繁殖生活を引退。錦岡牧場新和育成場で功労馬としての余生を送っていました。




ヤマニンメルベイユの想い出
ヤマニンメルベイユは、2000年から活動してきたヤマニン倶楽部にとっては長きにわたり活躍していた競走馬で、繁殖入りしてからも追いかけ続けることになったサラブレッドでした。
2000年代のヤマニン軍団は「牝馬のヤマニン」と呼ばれ、同世代で3頭が活躍したヤマニンシュクル、ヤマニンアルシオン、ヤマニンアラバスタの世代には、生産馬のジョリーダンスがおり、ヤマニンメルベイユはその1つ下の世代になります。オープンで活躍したヤマニンエマイユはヤマニンメルベイユの1つ下の世代となり、当時の活躍ぶりが思い出されます。
この後、半弟ヤマニンキングリーの活躍にバトンタッチされていきますが、「牝馬のヤマニン」を長らく重賞戦線で走り続け支えたのがヤマニンメルベイユだったように思います。
▼2001年生まれ世代
ヤマニンアラバスタ '05 新潟記念(G3)優勝・'05 府中牝馬S(G3)優勝・'04 フラワーC(G3)2着・'04 優駿牝馬(GI)3着 等
ヤマニンアルシオン '03 阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)2着
ヤマニンシュクル '03 阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)優勝・'06 中山牝馬S(G3)優勝・'04 秋華賞(GI)2着 等
ジョリーダンス '07 阪神牝馬S(G2)優勝・'09 阪神牝馬S(G2)優勝・07 安田記念(GI)3着 等
▼2002年生まれ世代
ヤマニンメルベイユ '08 中山牝馬S(G3)優勝・'08 クイーンS(G3)優勝・G3レース3着4回
▼2003年生まれ世代
ヤマニンエマイユ '08 NSTオープン(OP)優勝・'08 オーロC(OP)優勝
こうしてリストアップしてみると、繁殖入り後にも彼女たちの活躍は続いていることを実感できます。
ヤマニンシュクルやヤマニンメルベイユの子孫たちには、これからの更なる活躍に期待したいです。
また、今回この記事を書くことで思い出されたのが、栗田徹調教師のことです。
今は亡き土井睦秋さんが、「ヤマニンメルベイユの活躍は徹さんのおかげ」と、当時栗田厩舎で調教助手としてヤマニンメルベイユを担当していた現調教師・栗田徹調教師のことを褒めていらしたことを思い出しました。シロウトである私には、その内容までは思い出せませんが、今回の記事で表彰式やパドックの写真を探していると、その袂に若かりし栗田徹調教師を見つけ、改めて感謝の想いを抱いた次第です。
さらに馬のこと。
錦岡牧場さんに見学に行かせて頂いたなかで、ヤマニンメルベイユがボスとして振る舞っている時期がありました。やっぱり重賞勝ち馬の貫禄なんだなぁ、と思って見ていました。繁殖引退後に功労馬として新和育成場に移動したヤマニンメルベイユは、元ボスのヤマニンシュクルと同じ放牧地で再会することになりましたが、さすがにGI馬のヤマニンシュクルにはアタマがあがらないようで、馬の群れについて、いろいろと思いを巡らしたりしたものでした。
なによりヤマニンメルベイユは。その綺麗な栗毛と、鼻先の模様が印象的な馬だったなぁ、と思います。
私が見分けがつく数少ない馬でもありましたが、逝ってしまったことをとても残念に思います。とはいえ24歳――大往生だと思います。
これまで長い間、お疲れさまでした。そして、ありがとう


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