【法政大学体育会馬術部・見学記2024】第4回
本コラムは、法政大学体育会馬術部様の特別な許可を頂き、実際に見学させて頂きました。 一般の見学は受け付けていらっしゃいません。
人馬がいる意味
JRAが確立した引退馬のリトレーニングを実際に法政大学体育会馬術部さんでは取り組み、JRAから「3年間で法政さんはグラウンドワークをしっかり部に浸透させてくれた」と卒業証書のような言葉を頂いたとお話し頂いた柏村監督。
目の前でヤマニンマヒアが運動しているのを見ながら、いくつか質問がありました。
――実際そのリトレーニングって、どれぐらいの期間、かかるものなのですか?
「環境によって変わるのではないでしょうか?」
少し考えられてから、そう仰られます。
「ヤマニンマヒアは、ここから数ヶ月かけてリトレーニングすることになると思います。ですが、リトレーニングする環境によっては長い時間を確保できない場合もあるでしょうし、馬によっても異なりますから、これという期間がある訳ではありません」
確かに相手あってのトレーニングですし、人にも相性があるのですから、人と馬も同様でしょう。
「馬が合う」という慣用句1 があるぐらいです。
「人がいて、馬がいるだけで馬術部が成立する訳ではないと考えています。
錦岡牧場さんから馬を寄贈頂いて、私たちは競技大会に参加することへのハードルを1つ越えることができていますが、それだけで維持できるわけではありません。維持するのは、本当に大変です。」
全国の大学馬術部がコロナ禍で維持するのが大変だったことや、JRAが一律で補助金を出していたことが思い出されます。法政大学体育会馬術部さんもまた、100年を超える歴史の中で、拠点を持てなかった時期が長らくあるというお話でした。大型動物であるウマを繋養する施設とコストは、想像するだけでも大変なものです。
「幸い、私たちは大学からこのように施設を確保して頂いて活動できています。」
―――だから、と言葉を紡がれます。しかし、そこには意志の強さが感じられました。
「だから、私たち自身の足で立って歩んでいかなければいけない。そう考えると、法政大学体育会馬術部がある意味って、まだまだこれだけじゃないと考えています――」
人と馬のことを考えたときに、馬術競技に参加するヒトとウマがいるだけでは意味がないのだと、柏村監督は言葉を継がれるのです。
- 確かに相手あってのトレーニングですし、人にも相性があるのですから、人と馬も同様でしょう。乗馬経験者は実感することがある言葉です。馬に関わる慣用句は、結構身近にあるので探してみると楽しいです。「道草を喰う」とか^^ ↩︎
なおやのクセから見えたもの
私は長らくヤマニンの馬たちを応援してきたことで、多くの馬たちと接する機会を得ることになりました。ヤマニンの馬たちを追いかけることは、私にとってとても意味のあることです。ただし、そこで成立した行動様式は、時にはた迷惑な結果を生むことがあります。
それは、ヤマニンの馬たちは全部記録しないと気が済まないのです(;^_^A
錦岡牧場さんで「どの馬を撮りますか?」と尋ねられ、「全頭」と躊躇なく答える迷惑な人です(自覚があったのだ!?)。錦岡牧場のスタッフの皆さんも、毎年笑顔で対応頂けるのですが、内心どう思われているのか、ドキドキです。
今回も実は、全頭写真を撮ろうとしておりました。部員の皆さんには、突然のはた迷惑な来客となってしまい、申し訳ございませんでした。
ですが、これも伝えたいこと。
写真を撮るときにウマが姿勢を取るまでの時間が、どの馬も早い! もちろん雑誌や新聞に掲載される綺麗な姿勢を取らせている訳ではないのですが、人にきちんと付いていくのですよね。これがリトレーニングの成果だな、と後日感じました。馴致中の若駒では、こうはいかないでしょう。これは感謝の意味を込めて、付記させて下さい。
法政大学へ行こう!
予定の時間を超えて施設内を動き回り、写真撮影しまくる私に、我慢強く待ってくれていた法政大学体育会馬術部の皆さん。本当にありがとうございます。
実は信じられないことに、別途私たちのためにステキな時間を、法政大学体育会馬術部さんはご用意して下さっていました。
それは、道向かいにある法政大学多摩キャンパスにお招き頂いていたのです。
車で5分も掛からないところにある法政大学多摩キャンパスには、スポーツ健康学部があります。その教室で、さらなる取り組みについてお話を聞かせて頂けるというのです。
写真を撮りまくる私を待って下さっていた部長の高見教授と柏村監督は、法政大学多摩キャンパスへと案内して下さいました。
法政大学体育会馬術部の皆さん、本当にありがとうございました!
ヤマニンマヒアを囲んで、法政大学体育会馬術部の皆さんとヤマニン倶楽部有志。
写真の一番右の方が高見教授、一番左の方が柏村監督です。部員の皆さんの笑顔も輝いています!
さて、法政大学体育会馬術部の部長を務められているのが、法政大学スポーツ健康学部の高見京太教授です。初対面の私たちにも、朗らかな笑顔で接して下さる方です。
法政大学体育会馬術部の活動が、馬術競技の枠に留まらず広がっていくのに大きな力となっている方です。
ヤマニン倶楽部から参加した有志4名は、大学の教室に通され、さらに法政大学体育会馬術部さんの取り組みについて教えて頂くことになっていたのです。
なお、ヤマニン倶楽部から参加しているのは、私とおーたさん(50代)、若手のCKさん と やきゅうさん(30代)の謎編成です。扱いにくそう( ̄∇ ̄)
法政大学体育会馬術部の価値
柏村監督も馬術をされていた、法政大学体育会馬術部の出身の方です。長くウマの世界に関わられていた、ということになります。共に腕を磨いた同級生の方には、JRAでご活躍されている方もいらっしゃるということで、深く馬事に関わっていらっしゃることが判ります。後日、そんな柏村監督が社会学部出身と知って、少し合点がいったのも事実。私自身も社会学科出身で、この視点はいかにも社会学部っぽい、と感じたのです。
プロジェクタに資料を投影しながら頂戴したご説明は、ヒトとウマのお話でした。
――法政大学体育会馬術部は、社会に対してどんな価値があるだろうか?
価値があること=存在意義であり、法政大学体育会馬術部とウマたちの居場所を確保していくために必要な活動なのです。
かわいそうだから助けてあげる、のようなセンチメンタリズムではなく、社会の一員として生きていくという強い意志を感じずにはいられません。
「法政大学体育会馬術部では、4つの取り組みをしています」
- 引退競走馬での学生馬術挑戦
- 引退競走馬のリトレーニング
- 人馬のウェルビーイング活動
- 馬糞の有効利用
柏村監督のなかにある動機は、あくまでも想像に過ぎませんが、法政大学体育会馬術部、ひいては馬術界が社会で生き残っていくために何ができるか、なのだと思います。それ自体はこれまで多くの方がそれぞれの立場で意見を表明され、実践されています。柏村監督と法政大学体育会馬術部さんにオリジナリティを感じるのは、「大学にある馬術部」というポジションから、アカデミックにそれらを実践しようとしているところではないでしょうか?
1つめの「引退競走馬での学生馬術挑戦」と2つめの「引退競走馬のリトレーニング」は、これまでの連載でご紹介してきた通りで、馬術部の根幹の部分に直接関わりのあるお話でした。
特に興味深いのが、3つめの「人馬のウェルビーイング活動」と4つめの「馬糞の有効利用」です。
人馬のウェルビーイング
「人馬のウェルビーイング」という言葉ですが、これは高見京太教授を始めとする法政大学の研究チームが提唱する取り組みで、以下のように紹介されています。
人馬のウェルビーイング
引退競走馬を主に用いて馬との触れ合い等を提供し、人馬双方の健康で幸福なくらしの実現を目指そうとする、法政大学の研究チームが提唱する取り組み。
ここまで読んで頂いた方にはきっと、「なるほど!」と思われる表現だと思います。
法政大学体育会馬術部さんが活動を継続するために錦岡牧場から寄贈された馬たち(引退競走馬)を馬術競技だけでなく、より広汎の人々にもっと価値を生みだすことができるのではないか? その取り組みが「人馬双方の健康で幸福なくらし実現」に繋がっている――。
では、法政大学体育会馬術部さんがどんなことにチャレンジされてきたのか、一端をご紹介致します。
馬とのふれあい
乗馬を経験した方ならば誰しもが「一度は乗馬を経験してみるべき!」と興奮気味に周囲の方に語られると思います。馬上からの視界は視線が高くなり見たことのない景色を私たちに見せてくれ、自分とは異なる意志のある命との交流は他に代えがたい経験で、私も全力で推奨しています。
キャプテンさん、投稿のタイミングが絶妙だったから採用! 気持ちよさそうでしょう?
法政大学体育会馬術部さんも、まずは馬たちとのふれあいを周囲の人に知ってもらおう、と考えられたのでしょう。なぜなら、法政大学体育会馬術部さんが持つ最大の資産は、馬と拠点なのです。2019年から「馬との触れ合い会」を開始されます。
対象とした方々も独自の取り組みらしいもので、法政大学附属高校の生徒さん向けに提供されています。さらにその取り組みを、法政大学の職員の皆さんへと同時に広げていらっしゃいます。生徒さんへの取り組みは経験を提供するという意味でも妥当性が高いですし、大学職員の皆さんへは、健康保険のしくみのなかで提供するという工夫をされています。働き方改革に代表されるように、現代社会における大きなイシューに結びつけた、実践的な取り組みです。
さらに、高見教授のゼミ生たちも参加し、これらの「馬との触れ合い」は「アカデミックな研究対象」ともなっていきます。
これらの活動の中で、高見教授は馬との触れ合い活動を提供する側と、それに参加する側の双方に対して測定やアンケート調査を行いました。その結果、馬との触れ合いはブラシをかけたり給餌をするだけであっても、乗馬体験と同等のプラスの作用があることが確認されました。これは、人と馬にとって安全性の確保と労力削減という意味でも新たな発見だったそうです(乗馬には落馬のリスクがあります)。これらの研究結果は、2023年度の日本体育・スポーツ・健康学会で発表されています。
取り組みは1つの成果に
これらの地道ながら、まさに自己実現的な活動は、いろいろな人々をつなぎ合わせていくことになります。
私たちが応援しているヤマニン・錦岡牧場が寄贈した引退競走馬を最初のピースとし、そのセカンドキャリアを構築することを通じて人馬の健康で幸せな生活を実現できる可能性を示してくれました。これをシェアしないわけにはいきません。人馬のために行っている活動なのですから。
これらの取り組みをまとめた内容が、2021年より単位認定される正規の授業科目(課題解決型フィールドワーク for SDGs)として、法政大学の15学部すべての学生に向けて提供されています。学内には「馬」に対する潜在的な興味関心があることを発見し、受講生からも建設的なフィードバックがあり、「馬」たちが研究教育の一端を担うことができる可能性を示すことができたのです。
⇒ 人馬のウェルビーイング のご紹介 (法政大学体育会馬術部)
⇒ 授業の紹介ページ (法政大学)
これら取り組みは、さらなる縁を広げて行きます。リトレーニングを通じてJRA、本稿では語りきれませんでしたがNARさんや新冠町さんなどとも協力関係を構築していきます。
さらに、法政大学さんの『2022年度(第6回)自由を生き抜く実践知大賞』におけるオンライン投票の最多得票獲得者へ贈られる『よき師よき友が選ぶ実践知賞』を受賞するに至ります。まさに、法政大学体育会馬術部さんの価値を示して見せたと言えるのではないでしょうか? オンライン投票で、というのも勇気づけられる結果ですよね。
そしてヤマニン倶楽部としては、馬たちの価値を証明してくれたことに感激です。
正課授業として提供され……そして東京競馬場へ!
現在、法政大学さんでは、先に紹介した「課題解決型フィールドワーク for SDGs」だけでなく、引退競走馬から社会全体を学習することができるステキな科目(スポーツビジネスとしての競馬がもたらす人馬のウェルビーイング)も提供されています。これは、JRAの協力の元に開講され、東京競馬場でのフィールドワークもあるそうです。また、新冠町さんなどとも連携し、より充実させ、提供されています。
でもこれらは、法政大学体育会馬術部さんの「価値を最大化して社会の構成員として認められなければ」という想いが、周囲に理解者を増やし続けた成果の1つなのでしょう。正直、執念すら感じます。
ヤマニン倶楽部 管理人の立場で言うと、寄贈された馬たちが大事にされ、またセカンドキャリアをつつがなく過ごせるようしっかりとリトレーニングされているだけでなく、人馬が幸せになれるようにと取り組んでいるチームの中に置いてもらえていることに、感謝しかありません。現実は常に非情ですが、唯々諾々と受け入れるだけでなく、現実に立ち向かっている人々の中にいることは、幸せなことではないでしょうか?
「昨年も、この授業の一環でJRA東京競馬場へ見学に参りました」
と柏村監督。スタンドの7階で授業を行い、重賞レースを見学したそうです。
「なかなかできる経験じゃないですよね?」
と高見教授と柏村監督。
顔を見合わせたのは私たちヤマニン倶楽部の面々。口を揃えて――
『法政大学に入学するにはどうしたらいいですか?』
法政大学さん、凄い隠し球を持っていますね!
とことん有効活用すること
引退競走馬をリトレーニングすることから始まった法政大学体育会馬術部さんのジャーニーは、大学内で実践的な取り組みとして賞を受け、正課授業化されるところまで到達しました。まさかJRA東京競馬場の観覧席にまで辿り着くとは!? 驚きでしかありません。
とはいえ、この取り組みには4つめ、「馬糞の有効利用」が残っています。
――なんとなく判りますが、突然足元の話しになりますね。
「馬が厩舎にいる、ということは、以前から活用されているものが有効利用できることは外せません。ウマたちがいることで、馬糞は有効利用できると思うのです。けれど、こちらも付加価値高いんですよ」
柏村監督のお話、続きます――
法政大学体育会馬術部さんの Instagram
とても楽しそう!
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